泣ける話

広島原発

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広島原発・・・。今も残る戦争の爪痕。こんな悲しい戦争は二度としてはならない。

そう・・・。忘れもしない。8月6日8:15を・・・。

私は広島に生まれ広島に育った。

ただ私は他県に移動したときに衝撃を受けた。

そこでは8月6日を忘れていた。
広島に住み広島に生きる限り忘れられるはずのないその認識は共通であり、
常識である。
だが無理もない。私とて長崎における原爆の捉えかたは知らないくらい。
投下時刻も記憶してない。国内でさえ所変るとこれだけ違うのだと。
国外ともなればどうだろう。

人が人を害する愚かしさとそれを容認し理由だてる者が国を動かす恐ろしさを、それぞれがそれぞれに考えねばならない。

そして恐ろしさを想像できる者はわずかでも、それをまた誰かに伝えねばならない。

20数年を生きた、広島を離れてから数年経って考えるようになった。

これは広島で生まれ育ったものの義務であると。

そうあの日を忘れてはいけないのと戦争の悲惨さを伝えていかなければいけないと・・・。





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