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1人で泣きたいときに見る話,泣ける話,悲しい話,恋愛,家族,友達,動物の涙腺崩壊する話

おもいっきり泣ける話



感動する話

たまにゃ家族で

投稿日:

父とは仲は良いけど、俺は恥ずかしくてオヤジとは言えない関係です。
頭も良くとても尊敬できる人です。

俺が高校生のときに1人でビールを飲んでいて怒られたこともはっきり覚えている。
俺が大学に入って20歳の誕生日にはマッカランというウイスキーを送ってきた。
いつしか志向がかわり大学を中退して田舎を遠く離れてフリーターになった。
次の誕生日にはボウモアというウイスキーを送ってきた。

久々に実家に帰ると父は仕事から帰り、普段はほとんど飲まないビールを出して
「たまにはビールでも飲むか」と出してきた。

お互い恥ずかしいのか乾杯しないまま飲み始める。
「ラフロイグという酒も面白いぞ」
と教えてくれた。

俺はウイスキーにどっぷり嵌っていった。
いつの日か初めて父にラフロイグの15年という酒を送った。
喜んでくれたが「もったいなくてまだ飲んでいません」とメールが。
たしかに俺から物を送るなんてめったになかったからかもしれない。

そんな父が今年不意の事故で亡くなった。
言葉が出なかった。
家族の前であんな号泣したのは初めてだ。
贅沢は言わないから1時間でいい。
一緒にウイスキーを飲みたい。
声を聞きたい。
今でもあなたの息子であることを誇りに思っています。

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俺が中3の頃の正月
晩飯のときに親父がビンビールを出してきた
俺が「親父、今日はそんなに飲むんか?飲みすぎやで」
と言ったら「お前らも飲むの!」
と俺と2歳上の兄に指さしながら言った 俺と兄は
「この親父なに言ってんの?」
見たいに顔をあわせた
親父は台所から俺と兄のコップを持ってきてうれしそうにビールを注いだ
そして「ほら、正月ぐらい付き合え」
と言いながら俺に渡した 親父が「かんぱーい」とコップをすこしあげた
俺はノリで真似してみた、そしたらなんか親父がかなりうれしそうな顔で
「今日はいくらでも飲めよ、ビールいっぱい買ったから」
とか言い出した
まだ未成年の息子にビール飲ませるなんて無茶な親だ。
なんて思いながら飲んでたよ
途中、親父はまだ高校の決まってない俺に「高校がんばれよ!」て言ってくれた
正直泣きそうになったよ。

「まだ高校決まってないし」
と言ったら親父は笑ってた
まあ言うまでもなく俺はコップ1杯も飲めずにダウンしたさ 親父は
「お前、まだまだガキやな!」
といってたが嬉しそうにずっと笑ってた
なんか無茶苦茶な親父だがこのことがあったおかげ(?)で
俺はよく親父と飲んでいる(法律完全無視だな)

俺は今、高校を中退してぷー太郎だが俺の面倒を見てくれている
親父にはコトバやモノでは返せない「かり」がある
将来ちゃんと職について恩返ししようと思っている。

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うちの父は根っからのブルーカラーで酒飲み。
そんなに強くはないんだけど酒癖が悪いっていうか、飲み出すとキリがない。
小さい頃は、友達のところで飲んで潰れた父親を、
謝りながら引き取りに行く母を見て軽蔑さえしてたんです。

それが変わったってきたのは、自分が就職してから。
お酒も覚えて、実家帰るたび父の晩酌に付き合いながら仕事の愚痴とか言っていたのだけれど
気がついてみれば、父親が仕事の愚痴を言っているのを聞いたことがない。
57歳で定年を迎えた後も、体をもてあます、と、仕事を探しては未だ働いている父。
兼業農家で、定年前だって土日には農作業をしていたし今もそう。
お酒を飲む以外に趣味を持っていない事は知っているけれど。
家族環境がちょっと特殊で、あまり幸せとは言いづらい生活をしてきた筈だけど
父のお酒はどこまでも楽しいお酒で。

今は、退職した母と、散歩したり、たまには一緒に旅行したりもしているみたいで。
そんな父を、いまは尊敬しています。

私は現在35歳独身、加えて海外出向中。。
親不孝してます。
妹も、弟も遠く離れて暮らしているけど、気持ちは同じと確認しています。
あまり肝臓に負担をかけない程度に飲み続けて欲しいなと。
次は8月まで帰れないけれど、帰るときにはお土産に、
おいしいお酒、仕入れていこうと思いました。

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ゴールデンウィークは、やっぱ実家が良いな
鰹のタタキは家で食うのが一番だ、酒のペースも違うな
かーちゃんは相変わらず子離れできないようだな、あんなに食えねーよ
髪が長いだけでキムタクだの何だの言うから、恥ずかしくてたまらんわ

妹は結婚して順調みたいだな、いよいよ姪も保育園に行くのか
姪に俺を「おっちゃん」なんて呼ばすなよ、老けちまうわ
あと、あんたはやっぱり酒に弱いな、
かーちゃん口説くのに酔わそうとして潰されたのは、
どうやら本当のようだな

そうそう、
会社では嫌々させられているゴルフだが、
オヤジとサシで久しぶりに行けて楽しかったよ、
意外とうまいんだな

「一緒にゴルフなんて、俺もすっかりオヤジだな」って言ったら
「何いってんだ、俺がいるうちはいつまでも子供なんだよ」とか言ってたな

だがな、
狭心症だなんて早く言えよ、
ゴルフなんて大丈夫だったのか?
その胸にニトロ抱えてまで、嬉しそうに炎天下の中を歩き回るなんて
いい歳こいてバカやってんなよ!
俺が就職してから何度か倒れたんだってな、
3年ぶりに会って煙草を吸ってなかったから俺がかーちゃんに聞いたんだよ、
「心配だ」って泣いてたぞ?
しかも「あいつには黙ってろ」って何を言ってんだよ!

なぁオヤジ、
子供二人の手が離れて気を抜いてるのか?俺が就職した日に
「いつか、みんなで一緒に住めるでかい家を建てような」
って言ったよな?
俺の稼ぎじゃまだ先の話みたいだから、
もう少し子供でいさせてくれよ、
頼む、お願いだ

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私は進学(+)就職で地元を離れ12年。年に2~3回帰省
(年末&年始・GW・盆・など)

去年の暮れ、単身赴任(出稼ぎ)中の父が実家に帰省。
私と落ち合い「一緒に実家に帰ろう」と言うことになった。
長距離移動は大変だと思い「泊まっていって」とお願い(w

夕食がてら私の行きつけの、フードが充実しているBARへ
昭和13年生まれの父と、初めて二人での外食(?)だと思う。
良くも悪くも「酒好き」の血を引いた私
マスターと軽く挨拶を交わした後、
二人の会話。

30歳目前にして結婚予定無し。
付き合っている彼は×1…
心配ばかり掛けているうえに、臑っかじりの私が
初めて「奢った」日です。

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この時、1年半位付き合っている彼が×1だと話した。
今まで一度も「ダメ」とか「やめろ」と言った事が無い父だったから
いつものように

「お前の好きなようにやれ」

と言ってくれると思ってた。実際は

「考え直せないのか?」

でした。。。 この後は、話題を変えてゆったりと飲んでいたと思う。

一緒に実家へ帰り、年越しの晩。
紅白が始まる頃には二人してすっかり酔っぱらいになってた。(母は呑めないので)
それから父が
ぽつり、
ポツリ と話し出した。

「お前は、俺が年いってから(37歳の時)の娘で嬉しかった。
可愛かったしな(w
贅沢はさせられなかったけど大切に育てたつもりだし・・・
学生の頃のタバコや酒も許した。
化粧や耳に穴を(ピアス)開けた時だって・・・
親に迷惑がかからない範囲、
お前自身で決めたルールを信じてたからな・・・
でも、
結婚は違う。
俺はそぅ思う・・・
古い人間の考えかもしれないけど、
賛成できない・・・」と。。。

私が帰る日の朝、駅まで送ってもらう車の中で父が、
「言いたい事言ったらすっきりした。『お前の好きなようにやれ』」

と言ってくれた。
私は「うん」と、うなずく事しか出来なかった。
帰りの高速バスの中で毛布をかぶり、
声を殺して泣いた。

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