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競走馬キーストンの泣ける話~競走馬 泣ける話~

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この話は競走馬キーストンの泣ける話になります。競走馬の九死に一生の泣ける話を見てください。

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1962年、北海道浦河町の高岸繁牧場に生まれる。父は1959年にアイルランドから輸入されたソロナウェー、母リットルミッジはイギリスからの輸入馬で、本馬は日本における2番仔であった。父は、名種牡馬で、多くの代表産駒を輩出していた。しかし、どの産駒もスプリンターで、キーストンもスプリンターとして考えられた。子馬のころの体格は、とても小さくさらに歩行もぎこちなかったことから、競走馬としては期待されていなかった。いくつかのレースで惜しくも2着とか、掲示板外の順位になった時に関係者の方が残念がったり落ち込んだりした時、キーストンは関係者の落ち込む様子を すごく気にしてしまうかのようにがっくり食欲が落ちてすぐ体重が減ってしまったそうです。そして期待されたG1レースで惨敗し、オーナーは激怒、騎手を代える指示を出しました。山本騎手本人はそうは言いませんが、山本騎手とキーストンの関係は普通の騎手と競走馬の関係を超えていたと関係者は語っています。地元の阪神大賞典を6歳最後のレースに選んだ。僅かに出走頭数は5頭。木枯らしの吹きすさぶ阪神の3100m戦で、キーストンは1番人気の支持を受けた。現調教師の山本正司を背に、軽快なピッチでレースを引っ張ったキーストン。

逃げ馬のキーストンは最初から最後まで前を誰にも譲る事なく悪夢の4コーナーつまづき山本騎手を振り落としてしまったキーストン、3本足のままおろおろとあたりを見回し山本騎手を探します。そして激痛にたえながら、横たわる山本騎手の元へと歩くのです。激痛に耐えかね、狂ったように暴れてもおかしくない状況だったが、キーストンは残った3本の脚を使い、コース上に横たわる山本の元へ一歩一歩近付いていく。ようやく山本騎手の元へ辿り着いたキーストンは、まるで安否を気遣うかのように鼻面を摺り寄せた。キーストンの脚からは血が吹き出し、骨はササラの如く.....全身に激痛が走っていたはずだ。やがて山本さんは気絶からさめ、目の前にキーストンの顔があるのにハッとした。山本騎手は「あーえらいことになった、」と思いましたが、気がつくとすぐそばにキーストンがいたんです。ということは、そこから離れていったのにまた僕のところに帰ってきたわけですよね。そして骨折したキーストンには安楽死が選択された...。誰もしゃべらない沈黙の中、キーストンの安楽死を行った獣医が「この子はこの小さなからだで注射をすると普通5分ほどで死んで­しまうのですが 15分もたえていました。痛いだろうに鳴き声もあげずにたえてい­ました。 長い間、獣医をしてきましたがこんなすごい馬はじめてです。」それを聞いた厩務員のひとりが・・・・
「山本さん・・・・まっとったんやなぁ」とつぶやいた。
それを聞いた山本さんはキーストンの首にだきついて
いつまでも泣­き続けた。

本当に悲しい話しになります。

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