我が家の些細な幸せ話です。
私の両親は小さな喫茶店を営んでいます・・・。
私はそこの1人娘でして、父は中卒で学歴はありませんがとても真面目な人だったんです。
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そしてバブルが弾けて景気が悪化して来た頃になりますが・・・・
父は仕事の暇な時間にお店を母に任せてバイトに出るようになりました・・・。
そして店の景気はどんどん悪くなり、お店はモーニングやランチの時間以外はガラガラでバイトも掛け持ちするようになりました・・・。
私も幼心の中大丈夫なのかなとお父さんの体が心配で・・・。
そしてバイトが1つ増え、2つ増えて・・・・。
そして1番厳しい時は、朝のモーニングの時間にお店に出てからそれが終わったら弁当配達まで。そして再び店でランチをこなしてからその後、郵便配達へ・・・。
それが済んだら、店の閉店処理まで。
月曜から金曜までそうやって過ごし、土曜日は1日酒屋の配達のバイトへ行き、日曜もアルペンで荷物運びのバイトまで・・・。
足も肩もいつもパンパンで、母が夜によくマッサージをしていたのを覚えています・・・。
五十代で細身の父が休む間も無く、私の学費と住宅ローンのために働いてくれました・・・。
結婚して親になって、本当に思うんです。
お父さん、凄過ぎるよって・・・。
おばあさんの葬式の時、酔っ払った父が言ったんです・・・。
「おれはお前のためなら何でも出来る。例え火の中でも飛び込めるぞ!!!」
という言葉は本気だったと思うんだ。
家族のためにあんなに一生懸命になれる人を、私は他に知りません・・・。
私にも働き者のお父さんの血が流れているのだから、どんなことでも乗り越えて行こうと思います。お父さん本当にありがとう!
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