それは私が小学5年生のときのことの話になります。
私はピアノの塾に通っていたのだが家と塾との間に電話ボックスがあった。
ピアノの練習が終わって帰り道なんですが私は決まってその電話ボックスに入って話す相手もいないのに受話器を取り誰かと話をしているように独り言を言っていた。
何を思うでもなくそんなことが習慣になっていた。
ある日の塾の帰り私はいつものように電話ボックスに入って受話器を取った。
その時コンコンと電話ボックスを叩く音がして振り向くと、クラスメイトのK君が立っていた。
私は急に恥ずかしくなり、慌てて受話器を置いて電話ボックスから飛び出た。
「誰と話をしていたの?」K君は言った。
「え、お、お母さん……」
誰とも話していないのに一人で話しているなんて知られたらどうしよう。
変わっていると思われる。
いやすでに変か、と思いつつも嘘を答えた。
しかし「お金もカードも入れてないのに、どうやって話をしているの?」
と言われ返す言葉がなくなった。
この会話をきっかけに私とK君は仲が良くなった。
K君も塾に通っているそうで帰り際私が電話ボックスに入るのをよく見かけていたらしくお金のいらない電話を不思議に思っていたらしい。
K君といえば学校でいつも寝ているイメージがある。
よく先生に頭をたたかれながら起こされているのを見るのだ。
塾にも通っているし疲れているのだな、と思っていた。
しばらくしてK君は塾をやめてしまった。
一緒に帰ることもなくなったから電話をするようになった。
学校ではたびたび寝ているK君も電話では元気で私のピアノも上達したからK君に聴かせる約束をした。
しかしK君は学校を休みがちになった。
日に日に痩せて、同時に眠る時間も多くなっていた。
学校でピアノを聴かせてもいつの間にか寝ている。
何回も起こして何回弾いても曲が終わった頃には寝ている。
さらに電話しているときも寝るようになった。
返事が返ってこないのだ。
次第に電話もかかってこなくなり、学校に来てもK君は眠りっぱなしで話す機会がなくなってしまった。
残念に思いながら先生に毎日怒られているのを見ていると胸が痛んだ。
K君は学校に来なくなった。
何日か過ぎて、私は先生からK君が入院したということを聞いた。
脳に障がいがあり、体の機能もうまく働かなくなって眠くなってしまう病気なのだと。
どうすれば良いのだろう。
何ができるだろうか。
本当に考えました。
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お見舞いにも行ったけれど容態が悪化していると言われ会うこともできなかった。
もう電話をすることもできない。
話をすることもできなくなり、私は自分の無力さが悔しくてたまらなかった。
数日後、K君は亡くなった。
病気の発覚が遅れたため、手術をしても助からなかった。
K君がいなくなって、私はピアノをやめた。
学校にもあまり行かなくなった。
K君が亡くなったことを認めるのが嫌だったからだ。
電話ボックスにも行かなくなった。
もう独りで話すことなどなかった。
しばらくして、私に一本の電話がきた。
K君の母からだった。
それはK君からの伝言で(遺言とも言うのかな)
「これからも電話をしてほしい」とのことだった。
ポッカリ空いた穴がふさがった気がした。
また塾に通い始めた。
電話ボックスにも寄って、話をしている。
K君に向けて。
K君は私に電話で繋がることの大切さを教えてくれた。
電話は私に人との繋がりを教えてくれた。
それだけでなく電話で繋がることのできない悲しさも教えてくれた。
高校生になった今も、これからもK君のことは忘れない。
出会いを与えてくれた電話に感謝したい。
本当に切ない恋愛です。こんな悲しい思いもしたのも初めてです・・・。
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